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なぜ、数学を学習する人は得をするのか?


昨今、インターネットが普及し、調べもの・買い物・手続きなど実にさまざまな事が便利になりました。

誰でも、スマートフォンを買い、業者とインターネット接続の契約をすれば、知りたい情報が24時間いつでも、ちょこちょこっとパネルをタップするだけで手に入ります。


しかしよく考えてみてください。
私たちの生活は以前より豊かになったと言えるでしょうか? 

以前より安心して生活できるようになったと言えるでしょうか?


いいえ。むしろ以前とは違った形の不安に苦しめられるようになりました。


たとえばWEB上(インターネット上)で調べものが便利だとは言っても、しばしば下の4つのような問題が発生します。


まず問題の第一点。

検索ボックスに打ち込んだとき、自分が知りたい情報がピンポイントで出てきてるかどうか不安になる、ということがあります。

ついつい自分で一度調べてみるより先に、知り合いに直接チャットアプリやメールなどを使って聞いてしまう人が多いのはそういう心情も関係してます。


次に問題の2点目。

何か情報を見つけても、「もっと良い情報を見落としてるんじゃないだろうか?」という不安は消えることがない、ということがあります。

よくよく考えてみると、情報収集が自分にとって便利になったということは、他人にとっても便利になったということ。

であるなら、自分は社会の中では相対的にみて情報に乗り遅れてるかもしれない、と考えることも可能です。

こうして、どんなにたくさん情報を得られても決して安心できない、という心情に至るわけです。


もっと面白い情報を見逃してないだろうか?

もっと有用な情報を見逃してないだろうか?

みんなが知ってて自分は知らずに損をしてることはないだろうか?


こういった無意識の不安に苦しめられている人は少なくありません。

「常に情報に触れてないと不安」な状態に社会全体がおちいっていると言えます。



そして問題点の3つ目。

WEB上のサイトで掲載されてることが「本当かどうか」判断できないことがある。

実際、WEB上においても記事を書いてるのは人です。

間違いもあるし、偏見に満ちた記事もあり、また意図的にページ訪問者をダマそうとする記事もあります。

情報が多すぎる上に玉石混交なため何を信じていいのかわからないという方も少なくありません。



以上のように、情報が誰にでも開かれたということが万民に幸せをもたらしてるとは必ずしも言い切れない部分があります。



では私たちは一体どうしたらいいのでしょうか?

そういうもんだからしょうがない、それが情報化社会なんだから、とあきらめて自分を納得させて生きるしかないのでしょうか?


いいえ、解決策はあります。

気持ちの持ち方、やり方しだいで、皆さんは情報化社会の恩恵を取り入れ、今より便利で幸せな生活を享受できるのです。

その解決法とは?


ネット時代に特有の不安と障害を乗りこえる方法、それは考える力を強化することです。

より賢くなる、と言いかえても構いません。



考える力があれば、知りたい情報についての重要キーワードを瞬時に判断できます。

WEB上で書かれてることの要点をスムーズに理解できます。

見つけた情報が信用できそうかそうでないかを自分で判断できるようになります。

質の高い情報とそうでないものを見抜くことができます。

さらには、どのくらいの情報が得られれば十分なのかもかなりの精度で見当をつけることができます。




以前は情報をいかに多く入手するかが肝要でした。

しかし今日においては誰の下においても情報は不足していません。

情報は事実上無限に、しかも極めて安価で手に入れることができます。




今求められているのは情報を集める力ではありません。

情報を解釈する力が求められているのです。


「 考える力 」はどうやって身につければいいのか?


これからの時代、情報を解釈する力が大切なのはわかりました。

ではその力はどのように手に入れればいいのでしょうか?

方法は大きく分けて3つあります。



① 本を読む習慣を身につけること。

② やってみたいと思うことを失敗を恐れずやってみること。

③ 学校の勉強をしっかり理解すること。



ここでは③についてお話することにします。


なぜ学校の勉強は役に立たないと思われているのか?


なぜ学校の勉強は大切なのか?

そこを疑問に思ってる人は少なくありません。

なぜなら学校の勉強ができなくても社会で成功した人がたくさんいるからです。



いまの子どもたちはこう考えてるかもしれません。

「僕たちのお父さんお母さんも若い頃は勉強できなかったって言ってるけど、ちゃんと仕事もあって僕たちを学校や習い事に行かせてくれてご飯も食べさせてくれてる。だから僕たちも勉強なんかできてもできなくてもこの先困らないじゃないんじゃないか?」



実際、子どもたちのみならず大人の方でもそう思ってらっしゃる方は多いです。

いえ「そう思いたい」がために自らに暗示にかけているといったほうが適当です。



どういうことかと言いますと、まず第一に、学生の頃にしっかり勉強に取り組んだ人は「学校の勉強なんか社会に出て役に立たない」などということは言いませんし思いもしません。


一方、学生の頃にあまり勉強しなかった非常に多くの社会人が「学生の頃にもっと勉強してればよかった」と後悔しています。

なぜでしょう?

もっともっと勉強して有名な大学を卒業しとけば出世ももっと速かっただろうに、といった後悔でしょうか?

いいえ。それがわかっていながらなかなか取りかかれないのが勉強です。

それにすでに企業に入社して実績を積んで給料ももらっている社会人が、今さら自分の出身大学の有名無名を気にする動機がありません。



では何なのか? それは今自分に課せられている要求が非常に高度な知識を要し、それが自分の能力を超えているように思うからです。

さらに、自分がやりたいことをやるために必要な能力がとても短期で身につけられるものではないと気付いています。



つまりこういうことです。


学校の勉強は良い大学を卒業するためにやるのではない

学校を卒業してから身につけたことを活かして、自分が望む豊かさを手に入れるためにあるのです。



誰であれ、他人の奴隷になって働くことを望みません。

みずから進んで不幸になることを望みません。

みんな幸せを望んでいます。



そして幸せを手に入れるために、私たちは「自ら考える」ことから逃れることはできないのです。



その「自ら考える」力を、いちばん効率よく身につけることができるよう開発されたのが、小・中・高校で勉強する教養です。


もちろん、国が教育を整備する第一の目的は、私たちを幸せにするというよりは、日本の国際競争力を高めることにあるでしょう。

しかし図らずも教育は、仕事のみならず私たちの私生活も含めた人生全般に大きな利益をもたらしてくれるものとなっているのです。



学校の勉強は、 決して苦行などではありません。

私たちがこの世の中でより良く考え行動し利益を得るための材料であり道具に他なならないのです。


5教科の中で一番大事なのはどれ?


中学校の主要5科目は英・国・数・理・社ですね。

テストは合計は500点満点。 一教科が100点満点。

どれも5段階評価です。

どの科目も平等な配点なので、どれも同じくらい大切だと思ってる方が少なくありません。



しかしそうではありません。

やはり肝(きも)と言うべき科目があります。
それが数学です。



数学学習は私たちの、論理的に考える力を最も効率よく強化してくれます。



論理的に考える、とはどういうことかというと、与えられた条件(仮定)から 出発して「〇〇と××は同じことである」とか「△△は□□であるはずがない」などといったことを考えを積み上げていくことによって、最終的に結論にたどりつくことです。


これはたいへん重要な能力で、この能力を発展させてきた結果として、今の我が国の高度な文明があります。



この論理的に考える力を強化することで、数学以外の4科目、ひいては高校より後のあらゆる学問の理解が格段に楽になります。

つまり、すべての学問の基礎は数学にあるのです。


なぜみんな数学がきらいなのか?


数学には数式が出てきますね。

その中に様々な数・文字(x, y, α, Σ, ∫)・記号(+や÷)が出てきます。

しかしそれらは「猫」や「リンゴ」などのような具体的な何かを表してはいませんね。

数学はこのように抽象的であるため、頭の中で想像しにくく、とらえにくく、それゆえに反復練習と長い時間を必要とし、多くの人が苦手意識をもっています。


しかし抽象的であるがゆえに、他の科目にはない恩恵があります。

それは数学は一度身につければ、身につけたことによって強化された論理的思考力が人生における実にさまざまな場面で皆さんを有利に導いてくれるという点です。


論理的思考力があればどんな得があるのか?


論理的思考力とは、何か、もう一度思い出してみましょう。


たとえば皆さんがカフェでお金持ちそうな女性に見かけたとします。

テーブルには高価そうなブランドの財布が置いてあります。ネットオークションにでも出品すればかなりの高値で売れそうです。

今、彼女はよそ見をしています。

このすきに皆さんは財布を盗むでしょうか?


皆さんはそれは決してしないでしょう。

なぜしないんでしょうか?

盗みはいけないことと信じているから、ということもあるでしょうが、それだけではありません。


なぜならそれは皆さんには論理的思考力が備わっているからです。


皆さんは「他人の物を盗めば、最終的に自分が損をする」ことを理解しています。

他人に教えてもらうまでもなく、です。


盗むとどうなるか? 見つかる可能性がある、すると警察を呼ばれる、すると自分の公的な記録に前科がつく、するとその後の人生で様々な自由が制限されることになる。

ある種の公的なサービスが受けられなくなったり、やりたいことがあっても許可が下りなかったり、最も不都合なのは仕事につきにくくなること。



このような甚だ好ましからぬ結末が、実際に試すより前に皆さんには見えているのです。
「盗む」から「損をする」までの筋道を頭の中だけで想像できているのです。

それが論理的思考力です。


そのどなたにも備わっている論理的思考力をさらに強化すれば、「財布を盗むか盗まないか」ということよりもさらに難しい問題を解決することができるようになるのです。


大きな損を避け、逆に大きな利益を得ることが可能となるのです。


今、すぐにできること


数学を勉強すれば論理的思考力を強化することができる。

結果として大きな間違いを避け、大きな利益を手にする機会を得る可能性が高まる。


ここまで読まれた皆さんは数学を勉強するメリットを十分に理解なされています。


そして理解したならもうやることは一つしかありません。

いますぐ書店で数学の参考書を買い求め、最初の1ページ目を開くことです。


幸い、参考書と問題集、両方買ったとしても数千円で済みます。

シャーペンとノートも用意しましょう。



もちろん数学の独学は容易ではありません。



しばしば行き詰まります。

根気を必要とします。

何かを犠牲にする必要もあります。

孤独に耐えねばなりません。



しかし、そのような困難をいま想像するよりもまずやるべきことは最初の1ページ目を開くこと。

エンピツを動かして最初の1問目を解くことです。

行く手に待ち受ける障害は、直面したそのときに考えても遅くはありません。



さあ一緒にがんばりましょう。

努力の先に見える風景をあなたの目で見るのです。